御嶽大社WEBサイト>寶蔵>法華経>第7巻(観音経)

観世音菩薩

観音菩薩は、施無畏者ともいい、仏の慈愛を象徴しています。
梵語ではアヴァロキテシバラといい、『光世音菩薩』・『観自在菩薩』とも訳します。一般的には『観音さま』と言われ、親しまれています。
観世音菩薩は、苦しみの中にいる衆生が一心に観音の名を念じることで、すぐにその「音(声)」を「観(察知)」して、救済することから『観世音』という名前が付きました。
観世音とは「世の音を観る」と書き、一切の人々の声や願い事を良く見抜かれるという意味です。

法華経の「観世音菩薩普門品第二十五」に、観音菩薩が三十三身に変化してあらゆる人や男性・女性になったり、または仏にもなって自由自在に救われる姿が説かれています。
観音さまの経典として最も一番有名で人気があります。
華厳経「入法界品」で善財童子が補陀洛迦(ふだらくせん)にて、生身の観音菩薩から説法を聞く一説があります。
無量寿経では、観世音菩薩は勢至菩薩と共に、阿弥陀如来のお住まいである極楽浄土にて慈悲の象徴と説いてあります。

現世利益

仏像の中で、時代に関係なく最も多いのがこの観世音菩薩像です。
中国では5世紀頃に観音菩薩像が造られるようになり、6世紀に朝鮮を経て仏教が日本に伝えられると同時に、飛鳥時代の百済観音像や救世観音像が造られました。
密教が盛んになる8世紀(平安初期)に、聖観音とともに千手観音、十一面観音、馬頭観音、如意輪観音、不空羂索観音、准胝観音などの種類が多くなりました。

浄土信仰

平安末期頃から、末法思想が囁かれ、日蓮宗や浄土思想の影響から「法華経」や「観音経」が広まり、特に現世利益と死後地獄界や餓鬼界、畜生界など苦しみの世界から救って極楽へ往生させて下さる。
と説かれており、浄土信仰が盛んになるにつれ阿弥陀如来に付随する『来迎像』も造られるようになりました。

観音様の功徳

諸々の苦難除去・現世利益・病気平癒・智慧や才能授与・子授け・希望成就・開運授福・霊魂や先祖の成仏・罪障消滅・極楽往生等幅広いのが特徴です。
 お祀りする場所:お仏壇・床の間・お厨子など
 祀りの仕方:ご本尊として、宗派に関係なくお祀りできます。また、御宗旨のご本尊の脇にも御安置出来る。
 経:妙法蓮華経観世音菩薩普門品第二十五・般若心経・各観音真言。
観音経は、様々な功徳を私たちに与えてくださることから、文豪の三島由紀夫先生や芥川賞作家・東京都知事(元通産大臣・衆議院議員)石原慎太郎先生などが解説書を出版したり、また、三輪明宏さんや多くの芸能関係者が朝・夕お唱えしていることでも有名です。

観世音菩薩三十三身の種類

仏身(ぶっしん)
辟支仏身(びゃくしぶつしん)
声聞身(しょうもんしん)
大梵王身(だいぼんおうしん)
帝釈身(たいしゃくしん)
自在天身(じざいてんしん)
大自在天身(だいじざいてんしん)
天大将軍身(てんだいしょうぐんしん)
毘沙門身(びしゃもんしん)
小王身(しょうおうしん)
長者身(ちょうじゃしん)
居士身(こじしん)
宰官身(さいかんしん)
婆羅門身(ばらもんしん)
比丘身(びくしん)
比丘尼身(びくにしん)
優婆塞身(うばそくしん)
優婆夷身(うばいしん)
人身(じんしん)
非人身(ひじんしん)
婦女身(ふじょしん)
童目天女身(どうもくてんにょしん)
童男身(どうなんしん)
童女身(どうにょしん)
天身(てんしん)
龍身(りゅうしん)
夜叉身(やしゃしん)
乾闥婆身(けんだつばしん)
阿修羅身(あしゅらしん)
迦樓羅身(かるらしん)
緊那羅身(きんならしん)
摩■羅迦身(まごらかしん)
執金剛身(しゅうこんごうしん)

六観音

 *真言系
 聖観音・十一面観音・千手観音・馬頭観音・如意輪観音・准胝観音
 *天台系
 聖観音・十一面観音・千手観音・馬頭観音・如意輪観音・不空羂索観音
 *六道輪廻
 地獄道−聖観音・餓鬼道−千手観音・畜生道−馬頭観音・修羅道−十一面観音・人道−准胝観音・天道−如意輪観音

七観音

 聖観音・十一面観音・千手観音・馬頭観音・如意輪観音・准胝観音・不空羂索観音

三十三観音

楊柳(ようりゅう)
龍頭(りゅうず)
持経(じきょう)
円光(えんこう)
遊戯(ゆげ)
白衣(びゃくえ)
蓮臥(れんが)
滝見(たきみ)
施薬(せやく)
魚籃(ぎょらん)
徳王(とくおう)
水月(すいげつ)
一葉(いちよう)
青頚(しょうけい)
威徳(いとく)
延命(えんめい)
衆宝(しゅうほう)
岩戸(いわと)
能静(のうじょう)
阿耨(あのく)
阿摩提(あまだい)
葉衣(ようえ)
瑠璃(るり)
多羅尊(たらそん)
蛤蜊(こうり、はまぐり)
六時(ろくじ)
普悲(ふひ)
馬郎婦(めろうふ)
合掌(がっしょう)
一如(いちにょ)
不二(ふに)
持蓮(じれん)
灑水(しゃすい)

十五尊観音

白衣・葉衣・水月・楊柳・阿摩提・多羅・青頸・琉璃・龍頭・持経・園光・遊戯・蓮臥・瀧見・施薬

一面二臂の観音菩薩像でインドでは2世紀頃から、日本でも初めはこの形が主流でした。阿弥陀仏の脇士でもあります。
観音菩薩のお姿については、「観無量寿経」に髪を束ねた宝髻(ほうけい)があり、化仏をつけた宝冠を被り条帛を着け裙(くん)を着、瓔珞(ようらく)、腕釧(わんせん)、臂釧(ひせん)等の装身具で飾ると説かれています。
観音菩薩像のお姿は左手に蓮華を持ち右手は施無畏印が主流です。
水瓶や宝珠を持つ観音菩薩像もあります。


『妙法蓮華經卷第七』


『妙法蓮華經觀世音菩薩普門品第二十五』

後秦龜茲國三藏法師鳩摩羅什奉詔譯
爾時無盡意菩薩即從座起。偏袒右肩合掌向佛而作是言。世尊。觀世音菩薩。以何因縁名觀世音。佛告無盡意菩薩。善男子若有無量百千萬億衆生受諸苦悩。聞是觀世音菩薩。一心稱名。觀世音菩薩即時觀其音聲皆得解脱。若有持是觀世音菩薩名者。設入大火火不能燒。由是菩薩威神力故。若為大水所漂。稱其名號即得淺處。若有百千萬億衆生。為求金銀琉璃車■馬瑙珊瑚虎珀真珠等寶。入於大海。假使黒風吹其船舫。飄墮羅刹鬼國。其中若有乃至一人。稱觀世音菩薩名者。是諸人等。皆得解脱羅刹之難。以是因縁名觀世音。若復有人。臨當被害。稱觀世音菩薩名者。彼所執刀杖。尋段段壞。而得解脱。若三千大千國土滿中夜叉羅刹。欲來悩人。聞其稱觀世音菩薩名者。是諸惡鬼。尚不能以惡眼視之。況復加害。
設復有人。若有罪若無罪。■械枷鎖檢繋其身。稱觀世音菩薩名者。皆悉斷壞即得解脱。若三千大千國土滿中怨賊。有一商主將諸商人。齎持重寶經過嶮路。其中一人作是唱言。諸善男子勿得恐怖。汝等。應當一心稱觀世音菩薩名號。是菩薩能以無畏施於衆生。汝等。若稱名者。於此怨賊當得解脱。衆商人聞倶發聲言南無觀世音菩薩。稱其名故即得解脱。無盡意。觀世音菩薩摩訶薩。威神之力巍巍如是。若有衆生多於婬欲。常念恭敬觀世音菩薩。便得離欲。若多瞋恚。常念恭敬觀世音菩薩。便得離瞋。若多愚癡。常念恭敬觀世音菩薩。便得離癡。
無盡意。觀世音菩薩。有如是等大威神力多所饒益。是故衆生常應心念。若有女人設欲求男。禮拜供養觀世音菩薩。便生福コ智慧之男。設欲求女。便生端正有相之女。宿殖コ本衆人愛敬。無盡意。觀世音菩薩。有如是力。若有衆生。恭敬禮拜觀世音菩薩。福不唐捐。是故衆生。皆應受持觀世音菩薩名號。無盡意。若有人受持六十二億恒河沙菩薩名字。復盡形供養飲食衣服臥具醫藥。於汝意云何。是善男子善女人功コ多不。無盡意言。甚多世尊。
佛言。若復有人受持觀世音菩薩名號。乃至一時禮拜供養。是二人福正等無異。於百千萬億劫不可窮盡。無盡意。受持觀世音菩薩名號。得如是無量無邊福コ之利無盡意菩薩白佛言。世尊。觀世音菩薩。云何遊此娑婆世界。云何而為衆生説法。方便之力。其事云何。佛告無盡意菩薩。善男子。若有國土衆生應以佛身得度者。觀世音菩薩。即現佛身而為説法。應以辟支佛身得度者。即現辟支佛身而為説法。應以聲聞身得度者。即現聲聞身而為説法。應以梵王身得度者。即現梵王身而為説法。應以帝釋身得度者。即現帝釋身而為説法。應以自在天身得度者。即現自在天身而為説法。應以大自在天身得度者。即現大自在天身而為説法。應以天大將軍身得度者。即現天大將軍身而為説法。應以毘沙門身得度者。即現毘沙門身而為説法。應以小王身得度者。即現小王身而為説法。應以長者身得度者。即現長者身而為説法。應以居士身得度者。即現居士身而為説法。應以宰官身得度者。即現宰官身而為説法。應以婆羅門身得度者。即現婆羅門身而為説法。應以比丘比丘尼優婆塞優婆夷身得度者。即現比丘比丘尼優婆塞優婆夷身而為説法。應以長者居士宰官婆羅門婦女身得度者。即現婦女身而為説法。應以童男童女身得度者。即現童男童女身而為説法。應以天龍夜叉乾闥婆阿修羅迦樓羅緊那羅摩■羅伽人非人等身得度者。即皆現之而為説法。應以執金剛身得度者。即現執金剛身而為説法。
無盡意。是觀世音菩薩。成就如是功コ。以種種形遊諸國土度脱衆生。是故汝等。應當一心供養觀世音菩薩。是觀世音菩薩摩訶薩。於怖畏急難之中能施無畏。是故此娑婆世界。皆號之為施無畏者。無盡意菩薩白佛言。世尊。我今當供養觀世音菩薩。即解頸衆寶珠瓔珞。價直百千兩金。而以與之。作是言。仁者。受此法施珍寶瓔珞。時觀世音菩薩不肯受之。無盡意復白觀世音菩薩言。仁者。愍我等故受此瓔珞爾時佛告觀世音菩薩。當愍此無盡意菩薩及四衆天龍夜叉乾闥婆阿修羅迦樓羅緊那羅摩■羅伽人非人等故。受是瓔珞。即時觀世音菩薩愍諸四衆及於天龍人非人等。受其瓔珞。分作二分。一分奉釋迦牟尼佛。一分奉多寶佛塔。無盡意。觀世音菩薩。有如是自在神力。遊於娑婆世界。爾時無盡意菩薩。以偈問曰

世尊妙相具 我今重問彼
佛子何因縁 名為觀世音
具足妙相尊 偈答無盡意
汝聽觀音行 善應諸方所
弘誓深如海 歴劫不思議
侍多千億佛 發大清淨願
我為汝略説 聞名及見身
心念不空過 能滅諸有苦
假使興害意 推落大火坑
念彼觀音力 火坑變成池
或漂流巨海 龍魚諸鬼難
念彼觀音力 波浪不能沒
或在須彌峰 為人所推墮
念彼觀音力 如日虚空住
或被惡人逐 墮落金剛山
念彼觀音力 不能損一毛
或値怨賊繞 各執刀加害
念彼觀音力 咸即起慈心
或遭王難苦 臨刑欲壽終
念彼觀音力 刀尋段段壞
或囚禁枷鎖 手足被■械
念彼觀音力 釋然得解脱
呪詛諸毒藥 所欲害身者
念彼觀音力 還著於本人
或遇惡羅刹 毒龍諸鬼等
念彼觀音力 時悉不敢害
若惡獸圍遶 利牙爪可怖
念彼觀音力 疾走無邊方
■蛇及蝮蠍 氣毒煙火燃
念彼觀音力 尋聲自迴去
雲雷鼓掣電 降雹■大雨
念彼觀音力 應時得消散
衆生被困厄 無量苦逼身
觀音妙智力 能救世間苦
具足神通力 廣修智方便
十方諸國土 無刹不現身
種種諸惡趣 地獄鬼畜生
生老病死苦 以漸悉令滅
真觀清淨觀 廣大智慧觀
悲觀及慈觀 常願常瞻仰
無垢清淨光 慧日破諸闇
能伏災風火 普明照世間
悲體戒雷震 慈意妙大雲
■甘露法雨 滅除煩悩■
諍訟經官處 怖畏軍陣中
念彼觀音力 衆怨悉退散
妙音觀世音 梵音海潮音
勝彼世間音 是故須常念
念念勿生疑 觀世音淨聖
於苦悩死厄 能為作依怙
具一切功コ 慈眼視衆生
福聚海無量 是故應頂禮

爾時持地菩薩即從座起。前白佛言。世尊。若有衆生。聞是觀世音菩薩品自在之業普門示現神通力者。當知是人功コ不少。佛説是普門品時。衆中八萬四千衆生。皆發無等等阿耨多羅三藐三菩提心

妙法蓮華經觀世音菩薩普門品第二十五

妙法蓮華經卷第七

『妙法蓮華經觀世音菩薩普門品第二十五』(訓訳)

爾の時に無盡意菩薩、即ち座より起つて、偏に右の肩を袒にし、合掌し仏に向ひたてまつりて、是の言を作さく、世尊、観世音菩薩は何の因縁を以てか観世音と名くる。
仏、無盡意菩薩に告げたまはく、善男子、若し無量百千萬億の衆生あつて諸の苦悩を受けんに、是の観世音菩薩を聞いて一心に名を称せば、観世音菩薩即時に其の音声を観じて、皆解脱することを得せしめん。
若し是の観世音菩薩の名を持つことあらん者は、設ひ大火に入るとも火も焼くこと能はじ、是の菩薩の威神力に由るが故に、若し大水に漂はされんに、其の名号を称せば即ち浅き処を得ん。
若し百千萬億の衆生あつて金・銀・瑠璃・シャコ・瑪瑙・珊瑚・琥珀・真珠等の宝を求むるを為て大海に入らんに、たとひ黒風其の船舫を吹いて、羅刹鬼の国に飄堕せん。
其の中に若し乃至一人あつて観世音菩薩の名を称せば、是の諸人等皆羅刹の難を解脱することを得ん。
是の因縁を以て観世音と名く。
若し復人あつて當に害せらるべきに臨んで、観世音菩薩の名を称せば、彼の執れる所の刀杖尋いで段々に壊れて、解脱することを得ん。
若し三千大千国土に中に満てる夜叉・羅刹、来つて人を悩さんと欲せんに、其の観世音菩薩の名を称するを聞かば、是の諸の悪鬼、尚ほ悪眼を以て之を観ること能はじ、況んや復害を加へんや。
設ひ復人あつて若しは罪あり若しは罪なきに、紐械・枷鎖其の身を検げいせん。
観世音菩薩の名を称せば、皆悉く断壌して、即ち解脱することを得ん。
若し三千大千国土に中に満てる怨賊あらんに、一りの商主あつて諸の商人を将ゐ、重寶を斎持して険路を経過せん。
其の中に一人是の唱言を作さん、諸の善男子、恐怖することを得る勿れ。
汝等應當に一心に観世音菩薩の名号を称すべし。
是の菩薩は能く無畏を以て衆生に施したまふ。
汝等若し名を称せば、此の怨賊において當に解脱することを得べし。
衆の商人聞いて倶に声を発して南無観世音菩薩と言はん。
其の名を称するが故に即ち解脱することを得ん。
無尽意、観世音菩薩摩訶薩は威神の力巍巍たること是の如し。
若し衆生あつて淫欲多からんに、常に念じて観世音菩薩を恭敬せば、便ち欲を離るゝことを得ん。
若し瞋恚多からんに、常に念じて観世音菩薩を恭敬せば、便ち瞋を離るゝことを得ん。
若し愚癡多からんに、常に念じて観世音菩薩を恭敬せば、便ち癡を離るゝことを得ん。
無尽意、観世音菩薩は是の如き等の大威神力あつて、饒益する所多し。
是の故に衆生常に心に念ずべし。
若し女人あつて設ひ男を求めんと欲し、観世音菩薩を礼拝し供養せば、便ち福徳・知恵の男を生まん。
設ひ女を求めんと欲せば、便ち端正有相の女の宿徳本を植ゑて衆人に愛敬せらるゝを生まん。
無尽意、観世音菩薩は是の如き力あり。若し衆生あつて観世音菩薩を恭敬礼拝せば、福唐捐ならじ。
是の故に衆生皆観世音菩薩の名号を受持すべし。
無尽意、若し人あつて六十ニ億恒河沙の菩薩の名字を受持し、復形を尽つくすまで飲食・衣服・臥具・医薬を供養せん。
汝が意において云何、是の善男子・善女人の功徳多しや不や。
無尽意の言さく、甚だ多し、世尊。
仏の言はく、若し復人あつて観世音菩薩の名号を受持し、乃至一時も礼拝し供養せん。
是のニ人の福、正等にして異ることなけん、百千萬億劫においても窮め尽くすべからず。
無尽意、観世音菩薩の名号を受持せば、是の如き無量無邊の福徳の利を得ん。
無尽意菩薩、仏に白して言さく、世尊、観世音菩薩は云何してか此の娑婆世界に遊び、云何してか衆生の為に法を説く、方便の力其の事云何。
仏、無尽意菩薩に告げたまはく、 善男子、若し国土の衆生あつて仏身を以て得度すべき者には、観世音菩薩即ち仏身を現じて為に法を説き、辟支仏の身を以て得度すべき者には、即ち辟支仏の身を現じて為に法を説き、声聞の身を以て得度すべき者には、即ち声聞の身を現じて為に法を説き、梵王の身を以て得度すべき者には、即ち梵王の身を現じて為に法を説き、帝釈の身を以て得度すべき者には、即ち帝釈の身を現じて為に法を説き、自在天の身を以て得度すべき者には、即ち自在天の身を現じて為に法を説き、大自在天の身を以て得度すべき者には、即ち大自在天の身を現じて為に法を説き、天大将軍の身を以て得度すべき者には、即ち天大将軍の身を現じて為に法を説き、毘沙門天の身を以て得度すべき者には、即ち毘沙門の身を現じて為に法を説き、小王の身を以て得度すべき者には、即ち小王の身を現じて為に法を説き、長者の身を以て得度すべき者には、即ち長者の身を現じて為に法を説き、居士の身を以て得度すべき者には、即ち居士の身を現じて為に法を説き、宰官の身を以て得度すべき者には、即ち宰官の身を現じて為に法を説き、婆羅門の身を以て得度すべき者には、即ち婆羅門の身を現じて為に法を説き、比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷の身を以て得度すべき者には、即ち比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷の身を現じて為に法を説き、長者・居士・宰官・婆羅門の婦女の身を以て得度すべき者には、即ち婦女の身を現じて為に法を説き、童男・童女の身を以て得度すべき者には、即ち童男・童女の身を現じて為に法を説き、天・龍・夜叉・乾闥婆・阿修羅迦樓羅・緊那羅・摩ご羅伽・人非人等の身を以て得度すべき者には、即ち皆之を現じて為に、法を説き、執金剛神を以て得度すべき者には、即ち執金剛神を現じて為に法を説く。
無尽意、是の観世音菩薩は是の如き功徳を成就して、種々の形を以て諸の国土に遊んで、衆生を度脱す。
是の故に汝等、應當に一心に観世音菩薩を供養すべし。
是の観世音菩薩摩訶薩は、怖畏急難の中において能く無畏を施す。
是の故に此の娑婆世界に皆之を号して施無畏者とす。
無尽意菩薩、仏に白して言さく、世尊、我今當に観世音菩薩を供養すべし。
即ち首(クビ)の衆寶珠の瓔珞の価直百千両金なるを解いて以て之を與へ、是の言を作さく、
仁者、是の法施の珍寶の瓔珞を受けたへ。
時に観世音菩薩肯て之を受けず。
無尽意、復観世音菩薩に白して言さく、仁者、我等を愍むが故に此の瓔珞を受けたまへ。
爾の時に仏、観世音菩薩に告げたまはく、當に此の無尽意菩薩及び四衆・天・龍・夜叉・乾闥婆・阿修羅・迦樓羅・緊那羅・摩ご羅伽・人非人等を愍むが故に是の瓔珞を受くべし。
即時に観世音菩薩、諸の四衆及び天・龍・人非人等を愍んで其の瓔珞を受け、分つて二分と作して一分は釈迦牟尼仏に、奉り、一分は多寶仏塔に奉る。
無尽意、観世音菩薩は是の如き自在神力ありて娑婆世界に遊ぶ。
爾の時に無尽意菩薩、偈を以て問うて日さく、
世尊は妙相具はりたまへり 我今重ねて彼れを問ひたてまつる 仏子何の因縁あつてか 名けて観世音とする
妙相を具足したまへる尊 偈をもつて無尽意に答へたまはく 汝観音の行を聴け 善く諸の方所に應ずる
弘誓の深きこと海の如し 刧を歴とも思議せじ 多千億の仏に侍へて 大清浄の願を發せり
我汝が為に略して説かん 名を聞き及び身を見 心に念じて空しく過ぎざれば 能く諸有の苦を減す
假使害の意を興して 大なる火坑変じて池と成らん 或いは巨海に漂流して 龍魚諸鬼の難あらんに
彼の観音の力を念ぜば 波浪も没すること能はじ 或いは須弥の峯に在つて 人に推し堕されんに
彼の観音の力を念ぜば 日の如くにして虚空に住せん 或いは悪人に遂はれて 金剛山より堕落せんに
彼の観音の力を念ぜば 一毛をも損すること能はじ 或いは怨賊の繞んで 各刀を執つて害を加ふるに値はんに
彼の観音の力を念ぜば 或く即ち慈心を起さん 或は王難の苦に遭うて 刑せらるゝに臨んで壽終らんと欲せんに
彼の観音の力を念ぜば 刀尋いで段々に壌れなん 或いは枷鎖に囚禁せられて 手足にちゅ械を被らんに
彼の観音の力を念ぜば 釈然として解脱することを得ん 呪詛諸の毒薬に 身を害せんと欲せられん者
彼の観音の力を念ぜば 還つて本人に著きなん 或いは悪羅刹 毒龍諸鬼等に遇はんに
彼の観音の力を念ぜば 時に悉く敢て害せじ 若しは悪獣圍繞 利き牙爪の恐るべきに
彼の観音の力を念ぜば 疾く無辺の方に走りなん がん蛇及び蝮蠍 気毒煙火の燃ゆるがごとくならんに
彼の観音の力を念ぜば 声に尋いで 自ら回り去らん 雲雷鼓製電し 霰を降らし大なる雨を注がんに
彼の観音の力を念ぜば 時に應じて消散することを得ん 衆生困厄を被つて 無量の苦身をせめんに
観音妙智の力 能世間の苦を救う 神通力を具足し 広く智の方便を修して 十方の諸の国土に
刹として身を現ぜざることなし 種々の諸の悪趣 地獄鬼畜生 生老病死の苦
以漸く悉く滅せしむ 真観清淨観 広大知恵観 悲観及び慈観あり 常に願い常に瞻仰すべし
無垢清浄の光あつて 慧日諸の闇を破し 能く災の風化を伏して 普く明かに世間を照らす
悲體の戒雷震のごとく 慈意の妙大雲のごとく 甘露の法雨を注ぎ 煩悩の炎を滅除す
諍訟して官處を経 軍陣の中に怖畏せんに 彼の観音の力を念ぜば 衆の怨悉退散せん
妙音観世音 梵音海潮音 勝彼世間音あり 是の故に須らく常に念ずべし 念々に疑を生ずることなかれ
観世音淨聖は 苦悩死厄において 能く為に依怙と作れり 一切の功徳を具して
慈眼をもつて衆生を視る 福聚の海無量なり 是の故に頂礼すべし
爾の時に持地菩薩、即ち座より起つて、前んで仏に白して言さく、世尊、若し衆生あつて是の観世音菩薩の自在の業・普門示現の神通力を聞かん者は、當に知るべし、是の人の功徳少からじ。
仏、是の普門品を説きたまう時、衆生の八萬四千の衆生、皆無等等の阿のく多羅三藐三菩提の心を發しき。

『妙法蓮華經觀世音菩薩普門品第二十五』(意訳)

その時、無尽意菩薩が弟子たちの中から立ち上がり、右の肩を肌脱ぎし、合掌して釈尊に向かってこう言った。
「世尊よ、観世音菩薩は、どういう因縁で観世音となずけられるのですか」
釈尊が無尽意菩薩にお答えになった。「善男子よ、もし無量百千万億の」
「生きとし生ける者たちがさまざまな苦悩をうけたとき、この観世音菩薩の御名を聞いて一心にその音名をとなえたならば観世音菩薩は即時にその音声を観じて、其の苦しみからすっかり解放してくださるのである。
もしこの観世音菩薩の御名を常に受持する者は、たとい大火に入っても、この菩薩の威神力のために火も焼くことができない。
もし大水に漂わされても、観音の御名を称えたならば、たちまち浅い所に逃れることができる。
もし百千万億人の数えきれない人々が金、、銀、瑠璃、しやこ、瑪瑙、珊瑚 琥珀 真珠等々の海の珍宝を得ようとして大海を渡っている時、突如として暴風雨が吹き起こり、船がただよい流され、恐ろしい羅刹鬼の国に吹き寄せられそうになった時、船中にたった1人だけでも、観世音菩薩の御名を称えて祈るものがいたら、船中の人々は皆羅刹の難から逃れ脱することができる。
この因縁によって観世音と名付けるのである。
もしまた人が、今にも斬り殺されるかなぐり殺されそうな害をうけたとき觀世音の御名を称えれば、相手の持つ刀杖、尋いで段段に壊れて逃れ脱することができる。
もし三千大千國土の中に満ち満ちている夜叉羅刹が襲ってきて、人を苦しめ悩まそうとしても、その人がこの観世音菩薩の御名を称えるのを聞けば、これらあらゆる惡鬼どもは、悪意の眼が見えなくなり、ましてそれ以上害を加えることなどできなくなってしまう。
設いまた人がいて、もし、罪があろうとなかろうと、首かせ、足かせ、鎖などでその身をいましめられ、繋がれようとするときに、観世音菩薩の御名を称えれば、皆ことごとくかせや鎖がちぎれこわれて、たちまち被害から逃れ脱することができる。
もし三千大千國土の中に満ちている恐ろしい賊がいるとする。
一方ここに一人の大商人がいて、多くの商人をひきつれ隊商をくんで大切な宝物を持って、けわしい路を通過しようとしている。
そのとき、その一隊の中の一人が観世音の御名を称えたならあらゆる賊の難は逃げ去っていく。すべての善男子よ、だから何も恐れ脅えることはないのだ。
お前たちはいつでも一心に観世音菩薩の名号を称えるならば、この怨賊からはたちまち難を逃れ脱することができるだろう。
多くの商人たちはこれを聞いていっせいに声をあげて、南無観世音菩薩と言うだろう。
その御名を称えるために、たちまち災害災難から逃れ脱することができる。
無尽意菩薩よ、觀世音菩薩摩訶薩は威神の力の偉大なることこのようなものである。
もし人々の中に婬欲の強い者がいても常に觀世音菩薩を念じて恭敬すれば便ち婬欲を離れることができるだろう。
もし怨みや怒りの心が多い者がいても、常に觀世音菩薩を念じて恭敬すれば便ち瞋を離れることができる。
もし愚癡が多い者は、常に觀世音菩薩を念じて恭敬すれば、便ち愚癡を離れることができる。
無尽意よ、觀世音菩薩はこのように大威神力をもっていて、たくさんの利益で囲んでくださることが多い。
このようなわけだから、人々は常に応に心に觀世音を念ずるべきである。ここに女人がいて、設し男の子を欲しいと願って觀世音菩薩を礼拝して供養すれば、便ち福徳智慧をそなえた男の子を生むであろう。
設し女の子を欲しいと思えば、便ち美しい顔たちの女の子を生み、その子は本来徳をもって生まれ、誰にでも愛され敬われるだろう。
無尽意よ、觀世音菩薩はこのような力を持っている。
それだから  もし人びとが觀世音菩薩を恭敬禮拜すれば、福をむなしく捨てるということはない。
それだから人々は応に觀世音菩薩の御名を受持すべきである。
無尽意よ、もし人がいて、ガンジス河の六十二億にもあまる砂のように無量の菩薩の御名を受持し、命あるかぎり、飲食、臥具、医薬を供養するならば、お前はこれをどう思うか。
この善男子や善女人の功徳は多いだろうが、そうでないだろうが。
無尽意はこうお答えした。
「はなはだ多いです。世尊よ」すると釈迦は言われた。
「もしまた人がいて、觀世音菩薩の御名を受持し、たとえ一時でも礼拝し供養するならば、觀世音と供養する者二人の福は正におなじで違いは無い。
その福は百千萬億劫の歳月に於いても窮め尽くすことができない。
無尽意よ。觀世音菩薩の御名を受持すれば、このような量り知れない、限りない福徳の利益をいただけるのだ。」
無盡意菩薩は釈尊につつしんで申しあげた。
「世尊よ、觀世音菩薩は、どのようにしてこの娑婆世界に来られてどのようにして人々の為に法をお説きになるのでしょうか。
また、方便の力についてはいかがでしょうが」釈尊は無盡意に告げられた。
「善男子よ、もし国土の中に人々がいて、応に仏心をもって得度すべき者には、觀世音菩薩は即ち仏の身になって現れその者の為に法を説き、応に辟支佛の身をもって得度すべき者には、即ち辟支佛の身となって、そのようにしてその者の為に法を説き応に聲聞の身をもって得度すべき者には、即ち聲聞の身となって現れ、そのようにしてその者の為に法を説き、応に梵王の身をもって得度すべき者には、即ち梵王の身となって現れ、そのようにしてその者の為に法を説き応に帝釋の身をもって得度すべき者には、即ち帝釋の身となって現れ、そのようにしてその者の為に法を説き応に自在天の身をもって得度すべき者には、即ち自在天の身となって現れ、そのようにしてその者の為に法を説き応に大自在天の身をもって得度すべき者には、即ち大自在天の身となって現れ、そのようにしてその者の為に法を説き、応に天大将軍の身をもって得度すべき者には、即ち天大将軍の身となって現れ、そのようにしてその者の為に法を説き、応に毘沙門の身をもって得度すべき者には、即ち毘沙門の身となって現れ、そのようにしてその者の為に法を説き、応に小王の身をもって得度すべき者には、即ち小王の身となって現れ、そのようにしてその者の為に法を説き、応に長者の身をもって得度すべき者には、即ち長者の身となって現れ、そのようにしてその者の為に法を説き、応に居士の身をもって得度すべき者には、即ち居士の身となって現れ、そのようにしてその者の為に法を説き、応に宰官の身をもって得度すべき者には、即ち宰官の身となって現れ、そのようにしてその者の為に法を説き、応に婆羅門の身をもって得度すべき者には、即ち婆羅門の身となって現れ、そのようにしてその者の為に法を説き、応に比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷身をもって得度すべき者には、即ち比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷の身となって現れ、そのようにしてその者の為に法を説き応に長者・居士・宰官・婆羅門等それぞれの婦女の身をもって得度すべき者には、即ちそれぞれ婦女の身になって現れ、そのようにしてその者の為に法を説き応に童男童女の身をもって得度すべき者には、即ち童男童女の身になって現れ、そのようにしてその者の為に法を説き、応に天・竜・夜又・乾闥婆・阿脩羅・迦樓羅・緊那羅・摩ご羅伽といった人でもない人の身をもって得度すべき者には、即ち皆その姿で現われ、そのようにしてその者の為に法を説き、応に執金剛神をもって得度すべき者には、即ち執金剛神として現われ、そのようにしてその者の為に法を説く。
無尽意よ、この觀世音菩薩は、このように功徳を成就され、いろいろな姿に化身されて諸國を遊行して人々を救ってくださる。
それだからお前たちは、応等に一心に觀世音菩薩を供養しなさい。
そうすれば觀世音菩薩さまは、どんな恐ろしい危急の難儀の中にあっても恐怖を取り払ってくださる。
それだから世間の人々は皆、觀世音のことを施無畏者と号している。
無盡意菩薩が釈尊につつしんで申しあげた。
「釈尊よ、わたしは今当に觀世音菩薩を供養します。」
そう言って、すぐ頚の価値百千兩金もするさまざまな宝石の首飾りをほどいて、これを觀世音にさしだし、このように言った。
「仁者よ、この法施の珍寶の首飾りをお受けください。」
その時觀世音菩薩はこれを受けとらなかった。
無尽意はまた觀世音菩薩につつしんで言った。
「仁者よ、わたしたちを愍むなら、どうかこの首飾りをお受けください。」
その時釈尊は觀世音菩薩にお告げになった。
「当にこの無盡意菩薩、および四衆、天・竜・夜叉・乾闥婆・阿脩羅・迦樓羅・緊那羅・摩ご羅伽・人非人等を愍んで、この首飾りを受け取ってやりなさい。」
即座に觀世音菩薩は、すべての四衆、および天・龍・人非人等を愍んで、その首飾りを受け取り、それを二つに分けて、一つは釋迦牟尼佛に奉り、一つは多寶佛塔に奉られた。
「無尽意よ、かんぜおんぼさ はこのように自在の神力を有して、娑婆の世界を遊行されているのである。」
と釈尊が言われた。
その時、無盡意菩薩が偈をもってとうて申されました。
世尊は妙なる相を具えていらっしゃる。わたしは今重ねて観世音菩薩についてお聞きします。観世音はなんの因縁で観世音と名ずけられたのでしょうか。
妙相を具えた釈尊は、詩で無尽意に答えられた。汝、良く聞け観音の行を、観音の行はよくもろもろの方所に応ずる。
弘誓は海のように深く、果てしない時を歴て不思議である。多くの千億の仏に侍えて大清浄の願を起こした。
わたしはお前たちのために簡単に説法しよう。観音の名を聞き及び、その姿を見、心に観音を念じて、いたずらに空しく時を過ごさなかったならば、よくいろいろな苦を滅してくれる。
たとえ、人が害意を興して大きな火の穴にお前を推し落としても、彼の観音の力を念ずれば、火の穴がたちまち変じて池となるだろう。
大きな海に漂い流されて、竜魚やもろもろの鬼難にあっても、彼の観音の力を念ずれば、荒れた波浪も人を溺れさすことはできないだろう。
或いは、須弥山にいて、人から推し堕されても、彼の観音の力を念ずれば、体は日輪のように虚空に浮かぶだろう。
或iいは、悪人に逐はれて金剛山より堕落させられても、彼の観音の力を念ずれば、毛一筋も怪我をすることはないだろう。
或いは、怨賊に遶まれて、賊たちがそれぞれ刀を執って害を加えようとしても、彼の観音の力を念ずれば、賊はただちに慈悲の心を起こすだろう。
或いは、王難の苦に遭いまさに処刑の場に立ち今にも命が終わろうとしても、彼の観音の力を念ずれば、刀がつぎつぎ段々に壊れることだろう。
或いは、かせや鎖でしばられ、手足をいましめられても、彼の観音の力を念ずれば、さっぱりかせや鎖がはずれ、逃げれることができるだろう。
呪詛やもろもろの毒薬で身を害せられた者も、彼の観音の力を念ずれば、害は呪詛や毒薬をほどこした本人に帰っていくだろう。
或いは悪羅刹、毒竜諸鬼に出会ったとしても、彼の観音の力を念ずれば、その時それらすべて敢えて害することはしないだろう。
もし悪獣にとり囲まれて、鋭い爪の恐ろしい獣にあっても、彼の観音の力を念ずれば、さっさと限りなく遠い彼方に走り去ってしまうだろう。
蠍蛇(むかで)や蝮蝎(まむし・さそり)が毒気の煙火を燃やしてきても、彼の観音の力を念ずれば、その声につづいて自ら回り去るだろう。
或いは雷がとどろき、雹が降り大雨がしのつくような難儀にあったときも、彼の観音の力を念ずれば、たちまちそれらは消散してしまうだろう。
こういうように、衆生がさまざまな難儀や苦厄をこうむり、限りない苦を一身に受けても、観音の妙智力は、能く世間の苦を救ってくれる。
神通力を具え、広く智慧の方便を修めて、十方のもろもろの国土に、身をあらわさぬところは一もない。
種種のもろもろの悪いところ、地獄餓鬼畜生の世界、生老病死の苦しみは次第にことことく消滅するだろう。
真観、清浄観、広大智慧観、悲観、慈観といった五観を常に願い、常に仰ぎ見よ。
汚れ無き清らかな光、智慧の太陽はもろもろの闇を破り、能く災いの風や火を征服し、あまねく明らかに世間の闇を照らす。
悲体の戒は雷のように震い、滋意の妙は大きな雲のようなもので、甘露の法雨をそそぎ、煩悩の炎を消し除く。
諍訟して法定で争い、軍陣の中で脅え恐れているときも、彼の観音の力を念ずれば、もろもろの怨敵はことごとく退散するであろう。
観世音は妙音であり、梵音であり、海潮音であり、それは世間のすべての音にすぐれている。だから常に念じなさい。
念じなさい念じなさい。疑いを生じてはならぬ。観世音は浄らかな聖者で、苦悩と災厄のある者たちの拠り所である。
一切の功徳を具えて、滋しみの眼によって衆生を見る。福聚の海のように無量である。それ故に足を額に頂いて礼拝しなさい。
その時、持寺菩薩が即ち座より起って、前んで釈尊に白しあげて言った。
「世尊よもし衆生がいて、この観世音菩薩品の自在の業、普門示現の神通力を聞く者があれば、当に知るべきです。
この人の功徳は少なくないでしょう」 釈尊がこの普門品を説かれた時、衆中八万四千の衆生は、皆この上ない正しい悟りに向かう心を発したのであった。

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